大判例

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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)212号 判決 1990年7月19日

原告

島栄型紙株式会社

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和62年審判第21759号事件について平成元年7月20日にした審決を取り消す。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年3月15日、昭和54年9月14日出願の昭和54年特許願第118626号(以下「原出願」という。)からの分割出願として、名称を「染型用原紙」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和59年特許願第50096号)をしたところ、昭和62年9月14日拒絶査定を受けたので、同年12月11日審判を請求し、昭和62年審判第21759号事件として審理された結果、平成元年7月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年9月6日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

ポリエステル、ポリアミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネートの群から選ばれた少なくとも一種からなる合成樹脂基材フイルムの両面に、和紙又は合成パルプを含有する和紙を貼合わせて固着させたのち、この貼合紙の両面に、ゴム糸エマルジヨンとメラミンーホルマリン樹脂との混合物を含浸又は塗布し、乾燥することを特徴とする染型用原紙の製造方法。

(別紙図面参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  これに対して、原査定の拒絶理由は、本願発明は、原出願の発明と実質的に同一であるから、本願は二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願としたものとは認められないから、出願日のそ及が認められない。したがつて、本願発明は本件出願前国内において頒布された昭和56年特許出願公開第49089号公報(原出願の公開公報)に記載された発明であると認められ、特許法第二九条第一項第三号に該当し、特許を受けることができないというにある。

そこで、先ず、本願が適正な分割出願であるかどうか検討する。

原出願の発明の要旨は、公告された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載されたとおりの「合成樹脂基材フイルムの両面に、和紙又は合成パルプを含有する和紙を貼合わせて固着させたのち、この貼合紙の両面に水系高分子エマルジヨンの少なくとも一種と水溶性高分子物質の水系樹脂組成物の少なくとも一種との混合物を含浸又は塗布することを特徴とする染型用原紙の製造法」にある。

本願発明と原出願の発明を比較すると、両者は、次に示す点で一応相違する。

(1) 前者が基材フイルムをポリエステル、ポリアミド、ポリプロピレン、ポリカーボネートの群から選ばれた少なくとも一種からなる合成樹脂基材フイルムで構成しているのに対し、後者は、合成樹脂基材フイルムである点、

(2) 貼合紙の両面に含浸又は塗布するものとして、前者がゴム系エマルジョンとメラミンーホルマリン樹脂との混合物を選択しているのに対し、後者は、水系高分子エマルジヨンの少なくとも一種と水溶性高分子物質の水系樹脂組成物の少なくとも一種との混合物としている点

しかしながら、後者の発明の詳細な説明の記載をみると、合成樹脂基材フイルムは、具体的にはポリエステル、ポリアミド、ポリプロピレン、ポリカーボネートが使用されており、また、水系高分子エマルジヨンの少なくとも一種と水溶性高分子物質の水系樹脂組成物についても、具体的には、ゴム系エマルジヨンとメラミンーホルマリン樹脂との混合物が使用されている。

結局、前者は後者の実施の態様の一つであるにすぎず、別発明を構成しないので、本願は原出願である昭和54年特許願第118628号の適正な分割出願とはいえない。

3  してみると、本願については出願日のそ及が認められないので、前記したように、本願発明が原出願の発明と実質的に同一である以上、本願発明は、特許法第二九条第一項第三号の規定により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決は、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過した結果、本願発明は原出願の発明と実質的に同一である、と誤つて判断したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。以下その理由を詳述する。

原出願の発明の要旨は被告主張のとおりであること、原出願の明細書の発明の詳細な説明には、原出願の発明の具体的な実施の態様として、被告主張の技術事項が記載されていること、原出願の発明の右実施例におけるポリエチレンテレフタレート樹脂フイルムは、ポリエステルフイルムの、またSBラテツクス及びSBRラテツクスは、ゴム系エマルジヨンの一種であり、メラミン樹脂はメラミンーホルマリン樹脂と実質的には同一の物質であること、はいずれも認める。

しかしながら、本願発明は、原出願の発明に係る出願公告公報(甲第四号証)の発明の詳細な説明中に記載された合成樹脂基材フイルムの具体例中の一部を選択し、水系高分子エマルジヨンと水溶性高分子物質の水系樹脂組成物の具体例中の一部を選択したものであり、本願発明の要旨とする構成によれば、「ゴム系エマルジヨンを用いるので、樹脂系エマルジヨンに比べ、軟化点が低く、染型紙に柔軟性を与え、染色時の「添い」がよく、切削性も良好で、表面平滑性にすぐれる。またこれとメラミンーホルマリン樹脂を組合わせて使用することによつて保水性、耐湿潤性、耐油性なども向上し、染型用原紙として要求される特性を十分に満たすことができる。ゴム系エマルジヨンは特に型紙に耐水性、耐摩耗性、耐屈折性、表面平滑性を付与し、メラミンーホルマリン樹脂は、保水性、耐湿潤性、耐油性等を付与するのに有効であり、二タイプの成分の併用によつて、上記特性をあわせもつ染型用原紙を得ることができる。」(昭和63年1月11日付け手続補正書第一五頁第一六行ないし第一六頁第九行)という作用効果を奏するものである。

表1に示す本願発明の実験例(前記手続補正書第七頁第一九行ないし第八頁第七行の実施例1と同様の方法で作成したもの)と対照例について、添い(密着性)、屈折性、表面平滑性、摩耗性を評価した結果は、表2のとおりであつて、ゴム系エマルジヨンを用いて作成した染型用原紙は、樹脂系エマルジヨンを使用したものに比較して柔軟で添いがよく、耐屈折性、表面平滑性及び耐摩耗性に優れている。

このように、本願発明は、ゴム系エマルジヨンを用いた場合は、樹脂系エマルジヨンを使用したものに比して、特に添いがよく、さらに耐屈折性、表面平滑性及び耐摩耗性に優れていることを見いだしたものであり、下位概念で記載されたことに特別の技術的な意味をもつものである。

したがつて、「本願発明は原出願の発明の実施の態様の一つであるから、別発明を構成しない」とした審決の認定、判断は誤りである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

原出願の発明は、審決において認定したとおり、「合成樹脂基材フイルムの両面に、和紙又は合成パルプを含有する和紙を貼合わせて固着させたのち、この貼合紙の両面に水系高分子エマルジヨンの少なくとも一種と水溶性高分子の水系樹脂組成物の少なくとも一種との混合物を含浸又は塗布することを特徴とする染型用原紙の製造法」である。

そして、原出願の明細書の発明の詳細な説明の記載をみると、原出願の発明の具体的な実施の態様として、実施例1のLには、ポリエチレンテレフタレート樹脂フイルムを合成樹脂基材フイルムとし、この合成樹脂基材フイルムの両面に和紙を貼合わせて固着した後、この貼合紙の両面に水系高分子エマルジヨンとしてのSBラテツクスと水溶性高分子物質の水系樹脂組成物としてのメラミン樹脂との混合物を塗布し、乾燥してなる染型用原紙を製造する例が示されている。また、実施例1のMには、同LのSBラテツクスの代りにSBRラテツクスを使用した例が、実施例3には、実施例1のLにおいてポリエチレンテレフタレート樹脂フイルムの代りにポリプロピレンフイルム、高圧ポリエチレンフイルム、ポリアミドフイルム又は低圧ポリエチレンフイルムで代替し、かつSBラテツクスとメラミン樹脂との混合物を塗布ではなく含浸する例が、さらには実施例4及び5には、実施例1のLにおいてSBラテツクスとメラミン樹脂との混合物を塗布する代りに含浸する例が示されている。

本願発明を原出願の発明の右実施例に記載されたものと比較すると、原出願の発明の右実施例におけるポリエチレンテレフタレート樹脂フイルムは、ポリエステルフイルムの、またSBラテツクス及びSBRラテツクスは、ゴム系エマルジヨンの一種であり、メラミン樹脂は、表現こそ違えメラミンーホルマリン樹脂と実質的には同一の物質である(乙第一号証参照)から、本願発明は、右原出願の発明の実施例に記載されたものとその構成が同一である。

したがつて、右事実と審決において述べたように本願発明が原出願の発明の下位概念に属するものであることを考え併せると、奏する効果を考慮するまでもなく、本願発明は、原出願の発明と同一の発明というべきものであるから、「本願発明は原出願の発明の実施の態様の一つであるにすぎず、別発明を構成しない」とした審決の認定、判断に誤りはない。

第四証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

原出願の発明の要旨は、「合成樹脂基材(「基剤」は、「基材」の誤記と認める。)フイルムの両面に、和紙又は合成パルプを含有する和紙を貼合わせて固着させたのち、この貼合紙の両面に本系高分子エマルジヨンの少なくとも一種と水溶性高分子物質の水系樹脂組成物の少なくとも一種との混含物を含浸又は塗布することを特徴とする染型用原紙の製造法」であること、原出願の明細書の発明の詳細な説明には、原出願の発明の具体的な実施の態様として、実施例1のL、1のM、3、4及び5に被告主張の技術事項が記載されていること、原出願の発明の右実施例におけるポリエチレンテレフタレート樹脂フイルムは、ポリエステルフイルムの、またSBラテツクス及びSBRラテツクスは、ゴム系エマルジヨンの一種であり、メラミン樹脂はメラミンーホルマリン樹脂と実質的には同一の物質であることは、当事者間に争いがない。

右事実によれば、原出願の発明の右実施例には、ポリエステルの一種であるポリエチレンテレフタレート、ポリアミド、ポリエチレンの一種である高圧ポリエチレン又は低圧ポリエチレン、ポリプロピレンの群から選ばれた少なくとも一種からなる合成樹脂基材フイルムの両面に、和紙又は合成パルプを含有する和紙を貼合わせて固着させたのち、この貼合紙の両面に、ゴム系エマルジヨンの一種であるSBラテツクス又はSBRラテツクスとメラミンーホルマリン樹脂との混合物を含浸又は塗布し、乾燥することを特徴とするる染型用原紙の製造方法が開示されており、右実施例記載のものは本願発明の要旨とする構成と同一である。

この点について、原告は、本願発明は、ゴム系エマルジヨンを用いた場合、樹脂系エマルジヨンを使用したものに比して、特に添いがよく、さらに耐屈折性、表面平滑性及び耐摩耗性に優れていることを見いだしたものであり、下位概念で記載されたことに特別の技術的な意味をもつ旨主張する。

しかしながら、原出願の発明の前記実施例に記載されたものは、本願発明と構成が同一であるから、明細書に明記されているか否かにかかわらず本願発明の奏する作用効果を奏することができるものであり、本願発明が原出願の発明の下位概念で記載されたことに格別の技術的意味があるということはできない。

したがつて、「本願発明は原出願の発明の実施の態様の一つであるにすぎず、別発明を構成しない」とした審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告主張の違法は存しない。

三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 岩田嘉彦)

<以下省略>

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